浅羽 靖(あさば・しずか 1854-1914)

北海学園の今日の隆盛は、明治20年6月北海英語学校(北海中学校の前身)の校長に就任し、以後27年間 にわたり私学の経営と教育に尽瘁した浅羽 靖に負うところが大きい。浅羽 靖は安政元年大阪に生まれ、大蔵省に入って明治16年租税局函館出張所へ赴任、のち根室県・北海道庁を経て明治19年札幌区長(現在の市長)に就任し、明治37年には衆議院議員に推されて国政に参与した。また、自ら浅羽農場・製塩業・陸海産物取引業などを興し、拓殖銀行の創設、交通機関の整備等に努力して、北海道の産業発展に尽くした功績も誠に大きい。北海道の開発に必要な人材を養成することの重要性を感じた浅羽は、軽佻浮薄の風を排し質実剛健の気魄を養う訓育を施し、明治34年中学校令による中学部を開設して中等教育の充実に努めた。大正3年浅羽の逝去と前後して財団法人となった学園は、今日では学校法人北海学園として発展し続けている。浅羽 靖の蔵書約4万5千冊は、現在「北駕文庫」として北海学園大学図書館に収められている。
 

明治18年 3月

札幌区南2条西1目に北海英語学校を創立、豊平館で開校式挙行。


浅羽 靖

浅羽一郎

橋本左五郎

戸津高知

佐藤吉蔵
明治20年 6月 浅羽 靖校長となる。
明治34年 5月 札幌市南5条東2丁目に移転、中学校令による中学部を開設。
明治38年 3月 私立北海中学校(5年制)を設立。
明治41年 3月 豊平町10番地(現在地)に校地3万1千坪(102,4 79平方メートル)を購入、 同年7 月新校舎建設に着手、同年11月移転。
大正 3年10月 浅羽校長逝去、同年10月校地校舎並びに備品一切の寄付を受けて財団法人北海中学校を設立。
大正 4年 4月 戸津高知校長兼理事に就任。
大正 9年 3月 札幌商業学校を開設、戸津高知校長を兼務。
大正12年10月 浅羽一郎理事長に就任。
大正13年 3月 橋本左五郎理事長に就任。
昭和 8年 7月 故浅羽 靖の号をもって財団法人苗邨学園と改称。
昭和13年 8月 戸津高知理事長に就任。
昭和23年 4月 学制改革により北海中学校及び札幌商業学校を高等学校に昇格。
昭和23年10月 佐藤吉蔵理事長に就任。
昭和24年 5月 法人名苗邨学園を財団法人北海学園と改称。各種学校北海学院を開設。
昭和25年 4月 北海短期大学を開設、北海学院を廃校。
昭和26年 3月 法令改正により学校法人北海学園に組織変更。

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